鰻談放談−3

−日本水域にいるヨーロッパウナギについて−

 ヨーロッパウナギAnguilla anguillaは昭和44年春に養鰻種苗としてシラスウナギがフランスから大量に(9.5トン−浜名湖養魚漁協50年史による輸入されました。その後、輸入先は、わたしの知っているだけでもヨーロッパ大陸の大西洋岸の国はドイツ以外はスカンジナビアも含めてほぼ全部、さらにアフリカはモロッコ、地中海に入ってイタリア、と日本の輸入商社が総掛かりで( ? )シラスウナギを買いまくりました。輸入量も当初はうなぎ登りに増えましたが、3年後の1972年の23トンを最大量に、あとは急激に落ち込んでしまいました。現在も輸入は続いてはいるものの、その量はごくわずかです。

 このようなわけですから、ヨーロッパウナギが日本にも分布するであろうことは松井(鰻学,1972)によって予見されてはいましたが、はたして−むしろ遅いくらいですが−その事実が確認されました(Zhang et al., 1999)。

 このような実例はわたしも知っていましたが、知った当時はその水域で調査をすれば面白いだろうなと思っただけでした(その場所が、当時わたしが所属していた静岡県ではないよその県であったことも理由の一つでした)。太平洋岸のある県の海岸部でヨーロッパウナギを養成していたのですが、この種は本職の養殖鰻業者があきらめたほど成長が遅く、餌料効率も低いのです。したがって、発育不良のいわゆるビリがたくさんでるのです。このビリは飼っていても経営的には損失となるので、そこではナント( ! )、前面の海に放流していたのです。ここでのヨーロッパウナギ養殖は20年以上前に始まっていますから、その当時から放流していたとするとかなり大量のヨーロッパウナギが日本の太平洋沿岸に放流されたことになります。

 これとは別のケースでヨーロッパウナギの大量放流が行われる場合もあるようです。それは、ウナギ漁業権のある河川における義務放流です。河川漁業はその川の漁業協同組合が管理しています。例えば、ある川でウナギの漁業をする権利が認められている場合、その川のウナギ資源を維持するために、その川の収容能力などに応じた数量のウナギを放流することが義務づけられています。それを河川漁協が行っているのです。漁業センサスによれば、1993年には1,487万尾(放流経費21204万円)で、昨春急死された東大海洋研の松宮教授によれば、これは1尾あたり体重10gとして約150トンにあたるそうです(第2回ウナギ・シンポ要旨注1)。日鰻連(日本養鰻漁業協同組合連合会:養鰻業者の全国団体)が平成12年3月に調べたところでは、全国でのウナギの義務放流数(/年?)は19,000万尾とのことです。

 通常の義務放流予算に比較して、放流用ウナギは高価です。上記では放流尾数と記し、また松宮先生は放流ウナギ1尾あたりの体重を10gとして計算されていますが、大抵の場合、義務放流に関する規定は、放流魚のサイズと量・尾数の取り決めが明確ではありません。ですから、はなはだしい場合には、放流量が決められていれば、大きなウナギを放流すればその尾数は少なくて済みますし、放流尾数が決められていればごく小さなウナギを放流すれば量は少なくて済みます。いずれの場合も、経費節減の見地からは歓迎・奨励されるわけです。

 また、放流するウナギですが、いまどきそれを他の河川から漁獲してくることは出来ません(どんなサイズのものでも、数的にムリ−シラスウナギならば、採捕は法律に触れる)。ですから、通常は、養殖ウナギを養鰻業者から購入して放流しているようです。(ある意味での当然の合意として)養殖しているウナギのなかでも小型の、ビリとよばれる成長不良のものが使用されます。さらに、もっと経費を節約しようとすると、ヨーロッパウナギが使われるのです(ヨーロッパウナギの方が絶対的に安価)。

 河川へのウナギの義務放流にはウナギを放流しなければなりません (エッ、何を言っているのか分かっているのか !? )。この場合、ウナギとは(日本の河川に生息するウナギを指すはずですから)常識的にはニホンウナギAnguilla japonicaのはずです。通常、放流の規定には種を明確にしていません。厳密に規定するためには学名で記載しておくべきだと思いますが、制定時にはそうする必要もないと考えたのでしょう。ですから、「ニホンウナギでもヨーロッパウナギでもウナギだよ。予算が限られているのだから、安いほうがいいよ」ということになるわけです。それに両者はちょっと見たところ区別できないほど似ています (ラッキー)。

 ウナギの義務放流と言えば、まったく余談ですが、こんな話もあります。

 平成9年の夏、静岡県水産試験場の調査船「駿河丸」によるウナギ産卵海域調査(東京大学海洋研究所の塚本教授、静岡水試およびいらご研究所の共同研究事業、当初3ヵ年事業であったが、事情により1年延長した)の第1年目の調査が行われました。そのサポートと称して、わたしも調査基地であるグァム島に行きました。次の年に東大海洋研の調査船「白鳳丸」で同海域の潜水調査を行うための下見に来ていたドイツの研究者に「駿河丸」の船上で、『日本人はニホンウナギを食い尽くして、今度はヨーロッパウナギを食い尽くす気か』となじられて返事ができませんでした(なぜ、オレがこんなふうに言われなければならないのか!)

 現在、中国では養鰻が盛んで、養成したウナギは日本に輸出されています。その種苗として−ニホンウナギのシラスは高価ですから−中国ではヨーロッパウナギを輸入して使っています。このシラスの大部分はフランスのビスケー湾沿岸で採っているようです。

 ところで、ドイツでも稚ウナギを河川に放流しており、その種苗ももっぱらビスケー湾から輸入しているとのことです。ここでもドイツ人の放流種苗購入費より中国人の養殖種苗購入費のほうがはるかに高額なのでしょう。このお金の力学で、採捕業者は採ったシラスウナギを−必然的に−中国人に売り、ドイツでのウナギ放流が困難となるワケです。先ほどのドイツ人研究者はそのイライラを「ウナギの最終利用者である日本人」の代表である(!)わたしにぶつけたのでしょう。

その後、遡上地からはるかに離れた場所で放流しても、ウナギは産卵海域に到達しないという説(Westin, 1990) があることを上記の第2回ウナギ・シンポで聞きました。2年遅すぎました。

岡 英夫、2001年6月(初出2001年2月)

参考文献 

Westin L. (1990) Mar Biol 106:175-179.

Zhang H, Mikawa N, Yamada Y, Horie N, Okamura A, Utoh T, Tanaka S and Motonobu T. (1999) Fisheries Sci. 65:684-686.

注:東京大学海洋研究所共同利用シンポジウム「ウナギの管理現況と保全対策」、1999年9月13〜14日、於東大海洋研講堂。

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