鰻談放談−4

−池田湖のオオウナギ−

 池田湖は鹿児島県の薩摩半島の南東端近くにあるカルデラ湖です。平凡社大百科辞典によれば、その周囲は約15キロメートル、面積は11.1平方キロメートル、水面の標高は66mで最大深度が233mあり、中央部の半分以上が深さ200mを越えるそうです。湖底は平坦とのことですから、まさにタライのような形状をしているわけです。

東寄りに深さ42mの突出部があるそうですが、これは湖ができた後に生成した湖底火山とのことです。元来、流出河川はなかったようですが、現在、地図を見ると湖の南西端近くに一本の川があり、薩摩半島南端の海に通じています。新川という名前のようですが、単に「灌漑用水路」と記載されていることもあると、後述の山本さんは言っておられます。明治初年に灌漑用水をとるために掘削されたものとのことです。

そして、読者はよくご存じでしょうが、この湖には天然記念物のオオウナギAnguilla marmorataが生息していて、国の天然記念物に指定されており、一時、イッシーなる呼び方までできたくらいです。もちろん、その採捕は禁止されています。

以下の話は、鹿児島県水産試験場指宿内水面分場の主任研究員、山本伸一さんに負うところが多いため、記して感謝の意を表します。

池田湖にはアユが陸封されているとのことですが、3年前からエリ漁法により養殖種苗用に採捕しているそうです。ついでに述べると、この漁期は12月いっぱい、1月中は禁漁期で、その後2〜4月が再度漁期となります。夏の間は台風の被害を避けるため、エリ漁業は中止するとのことです。

昨年(1999)12月に、エリ網に入ったとのことで、31尾の大型ウナギが鹿児島県指宿内水面分場に持ち込まれたそうです。外見から、この群の中にはオオウナギがいないことはすぐに確認されました。

さて、それではこれらのウナギの種類はなんでしょうか。

従来、池田湖にはオオウナギとともにニホンウナギA. japonicaがいることは分かっていました。しかし、先に記した新川が海に通じていることから(と、この話を聞いた著者は考え)、別の興味を感じました。現在、日本の水域にはいたるところにヨーロッパウナギが分布しています(前報参照)。いっぽう、九州にはA. celebesensis のシラスが来遊するという話もあります。ですから、もしかしたら池田湖にもこの魚が遡上して大きく成長している可能性もあろうかと思ったのです。

そのような興味から、(指宿内水面分場はもう不要だ、と言われるので)わたしが懇望して、これらの大型ウナギ群をいらご研究所にもらい受けました。

当初11尾(第1群: 全長820〜1,060mm,体重990〜2,084g)、後に20尾(第2群: 全長775〜1,040mm, 体重は測定せず)と二回に分けて入手しました。

いらご研究所で第1群のDNA鑑定を行った結果、この中に存在したニホンウナギはたったの1尾で(!)、他の9尾はヨーロッパウナギでした。残りの1尾が問題です。この魚の血清の電気泳動パターンは、ニホンウナギのそれとは明白に区別できますが、ヨーロッパウナギのものと断定するには微妙に違うように見えるのです。

俄然面白くなったではありませんか。

それでは(!)と言うわけで、上記の第2群も送っていただき、DNA鑑定を行いました。しかし、こちらの20尾はすべてヨーロッパウナギでした。

いらご研究所にはDNA鑑定のためのプライマーは上記2種のものしかありません。Anguilla 属には16種と3亜種が存在します。それらすべてをDNA鑑定できるのは、現在のところ世界中で東京大学海洋研究所の塚本教授の研究室のみです。そこで、上記の1尾の試料をそちらに送って鑑定していただいたところ、やはりヨーロッパウナギであるとのことでした。

つまり、池田湖で捕れた31尾の大型ウナギのうち、たった1尾のニホンウナギ(全長820mm,体重990g、第1群の中で最も小型の魚)を除いて、あと30尾がヨーロッパウナギであった、ということになりました。

このことは山本伸一さんに報告しました。

折り返しの山本さんのお手紙によれば、池田湖のウナギ事情は以下の通りです。

山本さんは池田湖にはオオウナギはもはやいないのではないか、と述べておられます。最近は見た人はいないようだ、とのことです。今回のヨーロッパウナギ群はエリ漁法で捕られましたが、オオウナギはエリにも入らないそうです。

現在、池田湖の湖面が低くなったため、新川は干上がっており、池田湖は海面に通じていないそうです(それを知っていれば、さきほどの興味も湧きようがなかったでしょう。知らなかったから夢が持続したわけです。知らないでいてよかった)。しかし、この川は台風などの大雨で湖が溢れるときには生き返るらしいのです。そのような場合に、オオウナギが湖に入ってきたのではないか、と山本さんは述べておられます。

この傍証として、以下のような事実があるそうです。

昭和30年ごろまでは、オオウナギはテナガエビとともにこの川を通じて池田湖に多数侵入してきたようです。その頃、テナガエビはよく漁獲されたが、その後は獲れないとのことです。

そこで、山本さんは推測します。テナガエビが獲れなくなったのは、湖面の水位が下がって新川が途切れたために、新しい加入がなくなったためではないか。それはオオウナギについても同様で、以前に湖に侵入したオオウナギが漸次死滅(漁獲?移出?)したにもかかわらず新規加入がないままに、池田湖のオオウナギはそのまま絶えてしまったのではないか。

それではニホンウナギはどうでしょうか。

湖にいることはいるようだが、それほど多くはないようだ、と山本さんは言っておられます。現在は、池田湖に流入する暗渠が造られているので、ニホンウナギはこの暗渠から湖に侵入する可能性がある、とのことです。

ヨーロッパウナギは、過去、昭和49年に放流されたようです。それ故、今回漁獲された体重1Kg前後の大きなヨーロッパウナギはその時の生き残りではないか、と山本さんは言っておられます。

と、ここでまた後日談。

山本さんは、池田湖へのウナギの放流についての記載があるとのことで、「指宿市誌(指宿市役所総務課市誌編纂室編集、昭和60年発行)」のその部分のコピーを送って下さいました。

それによると、ウナギの放流は古くは大正8と10年にシラスウナギを各6万尾ずつ放流したのを嚆矢として、戦後も昭和27、29、32年にシラスウギを各20万尾強、放流しています。これらは「シラス鰻」と記載されており、前後の事情からニホンウナギと断定してよいと思います。

その後放流は、長い中断の後に再開されました。すなわち、昭和49年に「フランス鰻(ご丁寧にビリ15cmとあります)」を20Kg放流したようですが、53〜56年にははじめの3年には毎年、「鰻」を30〜70Kg、最後の年には200Kg放流しています。これらは尾数も明記されていますから、個体重量を求めると、はじめの3年には0.9〜4.6gとクロコ〜ビリの大きさですが、最後の年には40gと、いわゆる「養中」か「原料」に相当するサイズです。

山本さんは、昭和49年の放流魚は、記載どおりヨーロッパウナギであったが、その後のもののうち、昭和55年のものはニホンウナギ−水試指宿分場で養成したものであるから、保証できるとのことです−であるが、その他はヨーロッパウナギであろう、と述べておられます。当時のウナギ種苗価格から言っても、山本さんの推論はほぼ妥当でありましょう。最後の昭和56年放流魚もヨーロッパウナギと断定してよいと思います。

岡英夫、20016(初出20012)

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